
昭和初期の高浜市、煙突の見える街並
沿革
当社は、大正期に鬼瓦制作を事業とした、初代 加藤清一の工房を源流とします。
これまで当社では創業年を「昭和元年」としておりましたが、先代逝去後に新たに見つかった資料により「大正6年創業」であることが確認されました。
この資料をもとに、創業年を「大正6年(1917年)」に訂正いたしました。[令和8年8月現在]
地主の家に次男として生まれた初代は飛び級で中学を卒業し、当時この地域で鬼瓦制作を行っていた市古吉太郎の工場に修行に入りました。 鬼瓦の手仕事を学びながら造形技術を身につけ、これが後の丸市の基盤となりました。
会社のあゆみ
1917年(大正6年)
1923年(大正14年)
1926年(昭和元年)
1960年(昭和35年)
1974年(昭和49年)
1970年代後期
1979年(昭和54年)
1980年(昭和56年)
2001年(平成13年)
2024年(令和6年)
初代 加藤清一と兄 加藤市郎右衛門の共同で丸市を創業
鬼瓦制作を主に、当時の碧海郡高浜町(現高浜市)で盛んであった木材事業も行う
木材事業の撤退、鬼瓦工場の事業拡大
加藤市郎右衛門の参加終了
加藤清一により加藤製鬼瓦工場へ社名変更
丸市製鬼瓦工場へ社名変更
株式会社設立:株式会社丸市へ社名変更
鬼瓦の一部として培ってきた家紋造形を、家紋単独の技術として専門化を模索
二代目 加藤元彦が代表就任
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鬼瓦が機械化される中、家ごとに異なる家紋は機械化できず、全国の瓦工場からの家紋部分の依頼を担う形で家紋瓦・特注品の制作事業を拡大
鬼瓦制作も継続しながら、手づくりの技術を守り、主に業者向けの家紋瓦・特注品の制作を中心に現在に至る
三代目 加藤佳敬が代表就任
二代目 加藤元彦が永眠

※ 商号「丸市」には創業者の兄市右衛門の「市」、ロゴマークの「丸に一」には初代清一の「一」が充てられています。て
※「元堂窯」の名称については、二代目が自身の名前から一字を取り名付けたもので、現在も製品や包装などに使用しています。て

昭和初期の当社木造社屋と、初代清一制作の狛犬
大正~昭和前期まで、当社ではだるま窯に薪をくべて焼いていました。写真背景には薪が積まれています。
